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リコーのコンパクトデジカメ CX-1

ファイル 30-1.jpg 今回は、リコーのコンパクトデジカメ CX-1です。
 2009年5月購入。1029万画素(有効数約929万画素)
 4.95-35.4mm(35mm換算28-200mm)F3.3-5.2。
 レンズ構成は7群10枚(非球面レンズ5面4枚)
 光学ズーム7.1倍、マクロは1㎝-∞と小さい割に高性能。

 リコーのカメラはレンズ性能も良く、もともと評判がいい。
 とくにコンパクト市場での評価は高い。
 ゼロックスはともかく、キャノン・リコー・旧ミノルタなど、カメラを扱う
 光学機器メーカーの製品は、レンズ技術が高く、写りも良い。
 我が家には、なぜか同一機種が2台あるのだが、
 理由は、子供が充電器をゲームと一緒に片付けてしまい、
 行方不明になって使用不可能になったので、しぶしぶ
 2011年2月に型落ちを承知で、同一機種を購入した。
 購入直後に充電器がでてきた次第。(T_T)/~~~

ファイル 30-2.jpg☆リコーのカメラ話で、チョット嬉しい事があったので紹介します。
 最近、保育園の美人保母さんとお話しする機会があり、
 「私、リコーのGRを持ってまして・・・」と、お聞きした。

 GRはプロも使うぞ・・・おぬし只者ではないなと思いつつ、
 きっと、美人だから「自分の可愛さ」とか「グルメ度」を自慢
 するプログでも書いてるんだろうと思いきや、何もしてない
 との事。ホッと一安心?ではなく、園児との赤裸々な日常
 生活でも紹介しては・・・と、オヤジトーク全開の会話を楽しん
 できました。これもリコーのカメラのご縁だったに違いない。

最近では、お散歩カメラとか称して、カメラを持ち歩く女性も多くなり、チョットしたブームにもなっている。
「自分らしさの表現」とでも言うか、「しっかりとした意見を持つ女性が増えた」と言う事らしい。
もともと、女性は男性と違って、自分の意見を素直に(ズケズケと)発言しているのに、・・・と思うのは私だけなんだろうか。 もっと、世の男性諸君よ、強くなろうじゃないか。

我が家の下の子供(中2女)も、その一人?らしく、常にカバンに入れて持ち歩いている。
理由を聞くと、「いつ写真が撮りたくなるか、わからないじゃない」と言う。・・・ごもっともである。
小6からだから、すでに3年になるのだが、最近では画質や写りについても、あれこれ意見を言うようになった。しかし肝心の写真は撮りっ放しの状態で、データの整理は全くダメである。
フンッ。おぬし、まだまだ子供だな。・・・と思うオヤジである。

デジタルカメラだ。 FinePix4700Z

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写真のモデルは、フジフイルム デジタルカメラ FinePix4700Z
発売年月日:2000年3月1日(水)発売。(平成12年)
当時の価格:128,000 円(税込 134,400円)

主な特長としては、世界初の「スーパーCCDハニカム」搭載している事。
新画質基準である「ハニカム超高画質を実現」と、メーカーの説明がある。
・ 世界で初めて、1/1.77型 「スーパーCCDハニカム」(総画素数:ハニカム配列の240万画素)を搭載。
・ ハニカム信号処理で、432万画素(記録画素数)の超高画質を実現できる。
・ 沈胴構造の採用により、3倍ズームながらレンズの超薄型化を達成。(6群6枚構成)
・ 光学3倍ズームレンズ(35mmカメラ換算:36mm~108mm相当)で広角から望遠まで幅 広い撮影が可能。 3倍ズーム、200万画素以上のクラスで世界最小・最軽量だった。
また、記憶媒体には、既に販売を終了している スマートメディア4MB~64MB(3.3V)を使用している。
金金の接点が露出しているスマートメディアは懐かしいですなぁ。^_^;

デジカメ(デジタルカメラ)時代に突入したのはいつからだったろうか。
 ・・・すでにフィルムカメラよりデジカメの出荷台数が多くなって久しい。

考えてみるとデジカメは、パソコンと同じで性能が日進月歩だから、機械としての陳腐化が激しい。
初めてデジカメなる物を確か1997年に使ってからだから・・・まだ14年なんだが、遠い昔に感じる。
当時は100万画素どころか、初期モデルでは 20万とか30万画素だったように記憶しています。

それこそ、当時の状況を表現をするなら「誰だかわかる」程度だった。
しかし、今は普通で1200万とか高級機になると2000万画素を超える物まであるのはビックリする訳で・・・。それこそ「昨日、飲み会だったな」とか「彼女チョットお疲れか?」等々わかる時代になってしまったのは恐ろし屋である。

デジカメであるが、一番最初のカメラは残念ながら捨ててしまって、手元にある古い物がこのフジのFinePix4700Zである。

※Nikon の一眼デジカメは、次回以降、順次掲載の予定。

RICOH FF-3AF

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リコー FF3-AFコンパクトカメラ。当時としては、最も小型軽量なベストセラーカメラ。
発売年月日:FF-3 AF 1982年12月(昭和57年)
        FF-3D AF 1983年5月(昭和58年)
当時の価格:FF-3 AF  42,800円(RIKENON 35mm F3.2)
        FF-3D AF 47,800円

ファイル 11-3.jpg単3電池を2個使用する事で、電子シャッターによるプログラム露出制御やオートフォーカス、内蔵フラッシュ、フィルムのモーター巻上げと巻戻しを行う。

リコーは自社製品用にカメラと時計の半導体工場を建設したのだが、そこで半導体で稼動するオートフォーカスシステムの開発を行った。
半導体化されたオートフォーカスのモジュールを採用する事で、カメラのコンパクト化が可能となり、オールインワンタイプで、当時最も小型軽量なカメラが実現する事となった。
リコーはレンズも優秀で、コンパクトタイプでも写りがいい。
後の優秀なコンパクトカメラ群については、ご存知の通り。

また、面倒な儀式(露出・ピント調整)がなく、使用するのに手間がかからないので、先のヤシカの次に私の母が愛用したカメラだった。

Konica MR-70

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コニカつながりで、コニカのMR-70。愛称は「望遠王」。
※写真のモデルは、オートデート内蔵のMR-70D。

発売年月日:1985年10月(昭和60年)
当時の価格:55,800円(HEXANON 38mmF3.2 & 70mmF5.8)

コニカでは初めてとなる電動切替えの広角と望遠の撮影が可能な、2焦点オートフォーカスカメラ。
同一コンパクトクラスのカメラの中では、クラス最高の70mm望遠の撮影が可能。
様々な機能を搭載した高級コンパクトカメラとして、ベストセラーモデルとなった。

このモデルに限らず、1980年以降のカメラ本体のプラスチック化の流れは、いくら時代の進歩とは言え、質感や価値感覚が金属製のカメラより劣るように感じてならない。
電源は、単3×2本。オートデートの電源として、CR2025を使う。

KONICA C35

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今回は、コニカC35 flashmatic(フラッシュマチック)。
発売年月日:1971年8月(昭和46年)
当時の価格: 24,700円(HEXANON 38mm F2.8)

初代C35の愛称は「じゃ~に~コニカ」。コンパクトカメラの王道かも。
井上順のCMで大ヒットとなったのは有名。
フラッシュのガイドナンバーを事前にセットすることで、フラッシュの着脱だけでフラッシュマチックが連動する。
フラッシュマチックとは、被写体までの距離に応じて絞りが自動的に開閉する機能で、ストロボのガイドナンバーを設定し、焦点を合わせれば自動的に発光が制御される仕組み。

ファイル 9-3.jpg 一般的にヘキサノンレンズは、青がきれいにでると言われていて、評判もいい。
コニカミノルタは現在のところ1950年初頭からのカメラ取扱い説明書がホームページからダウンロードが可能。
ただ、コニカミノルタフォトイメージング株式会社は、2006年3月31日をもってカメラ事業を終了し、そのアフターサービスをソニー株式会社に委託している。
技術やサービスで、誠実な企業だっただけに残念である。

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※09.09.07追記
 探していた純正ストロボが見つかったので写真をアップ。
 着脱だけで例のフラッシュマチックが連動する。
 コンパクトで扱いもいい。
 単三2本で使用可能。

Yashica ELECTRO35MC

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今回は、Yashica つながりでエレクトロ35MC。大変コンパクトな仕上がりで、前のエレクトロ35GLと同じシリーズとは思えないサイズ。サイズ的には一回り以上小さい。
金属感や仕上がりも良く魅力的なモデル。個人的に、Yashicaの表面処理は他社の物より一段階明るいメッキ色なのが好き。後発のブラックより断然クロームがいい。

発売年月日:1972年7月(昭和47年)、ブラックが翌年の1973年(昭和48年)に発売された。
当時の価格:22,800円(YASHINON-DX 40mm F2.8)

コンパクトになった分、レンジファインダーが省略され、目測式の3点ゾーンフォーカスとなった。
このカメラの操作方法についての異論はいろいろとあるようだが、レンズ上の晴れ・曇り・ストロボのマークで勘による絞り値を設定し、その後に目測のピントを合わせると、シャッター速度が勝手に決まる。カメラ通から言わせるとマニアックな操作手順なのだか、慣れればカメラに疎い主婦でも気軽に使用できるようになる手法の一つが採用された一台だと言える。
長らく私の母が愛用していたカメラでもある。

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 消防は、ファイアーデパートメントなのか。 

Yashica ELECTRO35GL

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最後期の「中型のフルサイズカメラ」エレクトロ35GL。
いろいろな機能がついた高性能なモデル。また、スタイリッシュなデザインなのでファンも多い。
発売年月日:1973年6月(昭和48年)
当時の価格:34,500円(YASHINON-DX 40mm F1.7 )

IC化された電子回路をもち、測光もシリコンダイオードが付くことにより、前機種より精度とスピードが向上した。この機種では、フラッシュをカメラ側から制御するシステムが搭載されており、フラッシュの撮影が可能。
70年代になって、他のカメラがコンパクト化していく中、「中型のフルサイズ」カメラは廃れて行く事となる。また、高額だった一眼レフが普及しはじめたので、さらにフルサイズカメラが衰退した時代の一台。
ファイル 6-3.jpg レンズの発色もいい。

Fujika Drive

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発売年月日:1964年(昭和39年)
当時の価格:13,600円(Fujinon 28mm F2.8)

フジカハーフを基本に、カメラの底部にスプリング式の巻上げ機構をつけたカメラ。
大きなダイヤルで、スプリングの巻上げをすると、約18枚の連続撮影が出来る。気持ちいい~。
スプリング式のモータードライブによるフィルム巻上げのほかは、性能はフジカハーフと同じ。
フジカハーフは、富士写真フィルムの初めてのハーフカメラ。
プログラムEEカメラで、ピント調節は前玉回転によるゾーンフォーカシングを採用。
ただ、1960年の終盤にはハーフサイズカメラの需要が急に縮小し、製造中止となった。
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 スナップにはコンパクトが一番だと思う。

Olympus PEN-EF

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発売年月日:1981年4月(昭和56年)
当時の価格:24,800円(D.Zuiko 28mm F3.5 )
ストロボがあるので、夜でもOKの意味から「夜ペン」の愛称で親しまれている。

オリンパスのペンシリーズの最終機種。
固定焦点のペンEEにオートストロボを内蔵し、蝶番式の裏蓋を採用している。
また、ペンシリーズでは初めてプラスチックボディを採用し、280グラムと軽量化された。
露出計はセレン光電池、ストロボには単3電池を利用します。
他のペンより実用的な分、お散歩カメラとして重宝する一台です。
ファイル 4-3.jpg 
 最近のフィルムは性能が上がっているから、ハーフでも
 スキャンした後で、トリミングして十分使える。

Conica C35

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発売年月日:1977年(昭和52年)
当時の価格:42,800円(HEXANON 38mm F2.8)

世界に先駆けて発売されたオートフォーカス。
愛称は「ジャスピンコニカ」。
米国ハネウェル社製モジュールを採用し、オートフォーカスシステムを搭載。
測定した距離はレリーズ後にレンズの横にあるオレンジの距離表示に現れる。
AE・AF・ストロボが、すべて単3乾電池で動作する。

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